
誰かが自分を病んだやつと呼ぶ。その名を、自分の声でも繰り返す。「Sick Boy」の語り手は、外の評価に反発しながら、自分で築いた牢獄にいるとも認める。人生をかけた仕事を差し出した先で、その人生はいくつのいいねに値するのかと問う。見られる自分と、生きている自分の間が苦しくなる歌だ。
歌詞と和訳
Verse 1
I'm from the east side of America
僕はアメリカの東側の出身だ
Where we choose pride over character
そこでは僕らは、人格よりプライドを選ぶ
And we can pick sides, but this is us, this is us, this is
どちらの側につくかは選べる。でも、これが僕らだ。これが僕らなんだ
I live on the west side of America
僕はアメリカの西側に住んでいる
Where they spin lies into fairy dust
そこでは彼らが、嘘を魔法の粉へと紡ぎ変える
And we can pick sides, but this is us, this is us, this is
どちらの側を選べても、これが僕らだ、これが僕らなんだ
Refrain
And don't believe the narcissism
その自己陶酔を信じるな
When everyone projects and expects you to listen to 'em
誰もが自分の姿を映し出し、自分の話を聞けと求めるとき
Make no mistake, I live in a prison
勘違いするな、僕は牢獄で暮らしている
That I built myself, it is my religion
自分で築いた牢獄だ、それが僕の宗教なんだ
And they say that I am the sick boy
そして彼らは、僕が病んだやつだと言う
Easy to say when you don't take the risk, boy
危険を冒さない君なら、簡単に言えるよな
Welcome to the narcissism
自己陶酔の世界へようこそ
Yeah, we're united under our indifference
そう、僕らは無関心のもとで一つになっている
Verse 2
And I'm from the east side of America
そして僕はアメリカの東側の出身だ
Where we desensitize by hysteria
そこでは僕らは、騒ぎ立てて感じる力を鈍らせる
And we can pick sides, but this is us, this is us, this is
どちらの側につくかは選べる。でも、これが僕らだ。これが僕らなんだ
I live on the west side of America
僕はアメリカの西側に住んでいる
Where they spin lies into fairy dust
そこでは彼らが、嘘を魔法の粉へと紡ぎ変える
And we can pick sides, but this is us, this is us, this is
どちらの側を選べても、これが僕らだ、これが僕らなんだ
Chorus
I am the, I am the, I am the sick boy
僕は病んだやつだ、病んだやつなんだ
I am the, I am the, I am the sick boy
病んだやつなんだ、僕は。僕は病んだやつだ
(I'm from the east side of America)
(僕はアメリカの東側の出身だ)
They say that I am the sick boy
彼らは、僕が病んだやつだと言う
(I live on the west side of America)
(僕はアメリカの西側に住んでいる)
And they call me the sick boy
そして彼らは僕を、病んだやつと呼ぶ
Refrain
Don't believe the narcissism
その自己陶酔を信じるな
When everyone projects and expects you to listen to 'em
誰もが自分の姿を映し出し、自分の話を聞けと求めるとき
Make no mistake, I live in a prison
勘違いするな、僕は牢獄で暮らしている
That I built myself, it is my religion
自分で築いた牢獄だ、それが僕の宗教なんだ
And they say that I am the sick boy
そして彼らは、僕が病んだやつだと言う
Easy to say when you don't take the risk, boy
危険を冒さない君なら、簡単に言えるよな
Welcome to the narcissism
自己陶酔の世界へようこそ
Where we're united under our indifference
そこでは僕らは、無関心のもとで一つになっている
Bridge
Feed yourself with my life's work
僕が人生をかけた仕事で、自分を満たせ
How many likes is my life worth?
僕の人生は、いくつの「いいね」に値する?
Feed yourself with my life's work
自分を満たせ、僕が人生をかけた仕事で
How many likes is my life worth?
僕の人生の価値は、「いいね」いくつ分なんだ?
Feed yourself with my life's work
僕が人生をかけた仕事を、自分の糧にしろ
How many likes is my life worth?
いくつの「いいね」が、僕の人生の値段になる?
Feed yourself on my life's work
僕が人生をかけた仕事を糧にしろ
How many likes is my life worth?
僕の人生は、いくつの「いいね」に値する?
Pre-Chorus
I'm from the east side of America
僕はアメリカの東側の出身だ
I am the, I am the, I am the sick boy
僕は病んだやつだ。病んだやつなんだ、僕は
I live on the west side of America
僕はアメリカの西側に住んでいる
I am the, I am the, I am the sick boy
僕は病んだやつだ、病んだやつなんだ
I'm from the east side of America
僕はアメリカの東側の出身だ
They say that I am the sick boy
彼らは、僕が病んだやつだと言う
I live on the west side of America
僕はアメリカの西側に住んでいる
Yeah, they call me the sick boy
そう、彼らは僕を病んだやつと呼ぶ
Chorus
I am the, I am the, I am the sick boy
病んだやつなんだ、僕は。僕は病んだやつだ
I am the, I am the, I am the sick boy
僕は病んだやつだ。病んだやつなんだ、僕は
(I'm from the east side of America)
(僕はアメリカの東側の出身だ)
They say that I am the sick boy
彼らは、僕が病んだやつだと言う
(I live on the west side of America)
(僕はアメリカの西側に住んでいる)
Yeah, they call me the sick boy
そう、僕を病んだやつと呼ぶのは彼らだ
歌詞を深く読む
東と西を語る声が、自分で築いた牢獄へ戻る
冒頭の語り手は、東側の出身で、西側に住んでいると言う。一つの側から別の側を眺めるだけでなく、どちらにも自分の場所がある。東のプライドと西の嘘を語る言葉の後には、これが僕らだという行が戻る。問題のある場所を、自分とは無関係な誰かの場所として外へ追い出せない。
プライドを人格より選ぶという行では、よく見える自分が、どういう人であるかより前に出る。嘘を魔法の粉へ変えるという行も、内側の事実を外から魅力的に見せる動きだ。二番の騒ぎによって感覚を鈍らせる場所まで加わると、見せ方や強い刺激の中で、実際に何を感じるかが遠のいていく。
その外の世界への反発のすぐ先で、語り手は自分で牢獄を築いたと歌う。閉じ込められる苦しさを認めながら、その壁のすべてを他人のせいにはしない。さらに牢獄を自分の宗教と呼ぶため、出たい場所であると同時に、自分が従い続けるものでもある。外の評価を避けたいのに、その基準で自分を保つ動きが残る。
無関心のもとで一つになるという行は、つながる感覚にもねじれを作る。互いを深く気にかけることで結びつくのではなく、気にかけない態度が共通点になる。誰もが自分を聞いてほしいと求める場面と並ぶため、声は多くても、誰かを受け取る場所は狭い。自分の牢獄の孤独が、僕らという広い主語にも映る。
他人の呼び名が自分の声になり、人生が数えられる
最初に病んだやつだと言うのは、彼らだ。語り手は危険を冒さない側なら簡単に言えると反発する。何かを差し出して生きる側と、それを見て名前をつける側には、引き受ける重さの違いがある。その呼び名は、相手が自分の全部を知ったから出たというより、外から素早く決められたものとして響く。
ところがサビでは「I am」と自分で名乗り、また彼らが言う、彼らが呼ぶという行へ戻る。他人の名前を拒んでいるだけではなく、自分の声にもその名前が入り込む。名乗りは反抗的な引き受けにも聞こえるが、反復するほど、他人の言葉から自分を離しにくい感覚も強くなる。自分で築いた牢獄という行が、この声の往復にも重なる。
ブリッジの「Feed yourself」は、人生をかけた仕事を、見ている側が自分を満たす糧として受け取る像を作る。一方が人生を差し出し、もう一方がそれで満たされるという差が、食べる動作の強さに表れる。続く問いは、仕事への評価から、僕の人生はいくつのいいねに値するかという値踏みへ移る。受け取られるものは仕事だったのに、数えられる価値は生きている人そのものへ広がってしまう。短い二行の間で評価の対象がすり替わり、相手を満たした代わりに自分の値段を反応の数で尋ねる声には、苛立ちと傷つきやすさが重なる。
この二行は四度戻り、その後も東西の場所と病んだやつという名が繰り返される。いいねの数に対する答えは出ない。名前や数で見られる自分から、別の自分へ抜け出せたとも歌わない。外の判断に噛みつきながら、その判断を自分の声でまた響かせてしまうところに、この曲の苛立ちが残る。

コメントをどうぞ